2016
16
Dec

未分類

癒されるとはどういうことか

人は生まれてくる前に今回の人生ではこれを達成したい、そうすることでこれを学びたい、というふうに実現したいことや体験したいことがあって生まれてきます。

この世に生まれてきているということは何かしらのその人にとって大切な目的があるからこそこの世に生まれてきているわけです。

そしてそれが達成できるようにある程度のシナリオを設定して生まれてきます。

ですが人は今回の人生で何を学びたいのかや過去世の記憶や真実や叡智などを忘れた状態で生まれてきます。

そんな状態でも自分が設定してきたシナリオを達成できるようにカルマシステムや守護霊などが存在し、それらからメッセージをうけとることで自分が何をなすべきかが分かるようになっています。

それらのメッセージは優しく温かみのあるものであるとは限らず、場合によっては病気になったり、今の職場を辞めることになったりとか、理不尽な仕打ちをうけたりとか、頭で考えるととても災難としか思えないような出来事だったりもします。

ですがそれは自分にとって大事なメッセージがあって起こるわけです。

最初に違和感を感じたときにそのメッセージに気づくことが出来ればその不幸っぽい出来事は消えるわけですが、それでもそのメッセージを無視し続けると、「おい、そっちじゃないぞ」という突っ込みがだんだん強くなっていってしまうわけです。

そうやって、自分本来の人生を歩むために自分で自分にメッセージを送っている。それが一見不幸な出来事にも見えるということは少なからずあります。

ですがほとんどの人はそう状況になった時に、ここにはどんなメッセージがあるんだろうとは考えられないのが普通なのかも知れません。

そういう時はもっと大きな視野で俯瞰して物事を見れるヒーラーさんなら、そのメッセージを伝え、癒しのお手伝いをしてくれるんじゃないでしょうか。

ですが、ヒーラーさんが出来ることはあくまでお手伝いです。

一番大事なことは、本人が、その出来事に何を感じたのか、これからもそうありたいのか、嫌ならこれからどう生きるのか、そしてその出来事から何を学んだのかをそのクライアントさんの口から自ら語ってもらうことなんです。

これ、ヒーラーさんが霊視して見えたことをばーっと伝えちゃってはだめなんです。クライアントさんが「んーそうなんだぁ、まあヒーラーさんがそういうのなら、そうなのかなぁ。まあ、あんまり納得できないけれど、はいって返事しておけばいいか」って感じでクライアントさんが受身になってしまっては意味が無いんです。

ちゃんと理解したうえで手放すということをしないと、何のために自分で自分にメッセージをおくっているのかわからないですよね。

セッションの中で、そこから何を学んだのか、どう乗り越え、これからどう生きるのかをクライアントさん自ら話すことで癒しというものが実現されるわけです。

ヒーラーさんがその出来事をサイキックな力でちゃちゃっと消してしまってはだめなんです。

せっかくの学びの機会を奪うことになってしまうわけです。

一見、不幸にも見える出来事にもちゃんと意味があり、そこにはちゃんとメッセージがあり、それを体験できるということ自体がそもそもこの世に生まれてきたかけがえの無い体験だったりするんです。

みんなそれぞれ色んなことで悩んだりしていますがちゃちゃっと手放して楽になっちゃえばいいってわけではないんです。

楽になるためにこの世に生まれてきたわけではありません。体験したいこと、学びたいこと、達成したいことがあってこの世に生まれてきているんです。

ヒーラーさんに出来ることは、クライアントさんがその出来事を手放せるように、相手にに寄り添い、必要ならば言葉を投げかけ、自ら気づき癒されるというプロセスを見届けることだと思います。

全てのことが掘り下げを必要としているわけではありません。ちゃちゃっと癒してしまっていいものもあるので見きわめが大事ですが、生まれる前に設定してきたことなどは掘り下げてから手放すのが望ましいでしょうね。

シータヒーリングでも掘り下げについて学ぶクラスも出来たみたいなんで僕も出てみようと思います。

 

僕が絵を描いている理由のひとつがここにあります。

そういった癒しのプロセスを絵を描くという方法を使い表現しています。

何を感じ、どう乗り越えたのか、何を学んだのか、どう生きていくのか。そのプロセスが絵に描かれています。

これから、絵の教室とかもやっていこうと思いますので興味のある方は是非。

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